「今のやり方で、何十年もやってきたんだから」
現場からこの言葉を聞いたとき、多くの社長は反論する材料を探そうとします。効率化のデータや、他社の成功事例を持ち出して説得しようとする社長も少なくありません。
しかし、この言葉に正面から言い返そうとすること自体が、実は的外れな対応になってしまいます。会話の入り口を間違えると、その後どれだけ良い提案をしても届かなくなってしまうのです。
この言葉は、事実であり、誇りでもある
まず理解しておくべきなのは、この言葉が単なる言い訳ではなく、多くの場合、事実であるということです。ここを見誤ると、その後の対応もすべて的外れになってしまいます。社長がまずすべきなのは、反論の準備ではなく、この事実を受け止めることです。
実際に、その業務は何十年もやってきました。取引先との関係も、社内の運営も、その古いやり方の上に成り立ってきたのです。この言葉には、それを支えてきた社員自身の誇りが込められています。長い年月をかけて積み上げてきたものを、簡単に手放せというのは、それ自体が乱暴な話なのです。
言葉の裏にある、三つの本当の不安
「今のやり方でやってきた」という言葉の裏には、次のような本音が隠れていることがほとんどです。
- 自分が積み上げてきたものを、否定されたくないという思い
- 新しいやり方について、失敗して恥をかきたくないという恐れ
- 変化の先に、自分の役割が見えないことへの不安
- これまで会社を支えてきた自負が、正当に評価されていないと感じる寂しさ
- 若い社長に、経験の浅さを見透かされているのではという警戒心
これらは、変化そのものへの拒絶ではなく、自分の存在価値が揺らぐことへの防衛反応です。
この違いを理解しないまま「でも、これからは変わらないと」と正論で押し切ろうとすると、社員はさらに頑なになってしまいます。防衛反応は、押せば押すほど強くなるという性質を持っています。相手の防衛本能を刺激しない伝え方こそが、社長に求められる技術です。
正論で押し切った、ある会社の失敗
ある卸売会社の社長は、ベテラン社員からこの言葉を聞いたとき、こう言い返しました。
「今までのやり方が正しかったら、なぜ若手がすぐ辞めるんですか」
売上データや離職率という、客観的な数字を根拠にしたつもりの発言でした。悪意はなく、むしろ論理的に説明しようとした結果でした。正論としては間違っていなかったかもしれません。
しかし、このベテラン社員は、それ以降ますます態度を硬化させ、社長からの提案にことごとく反対するようになりました。数字で殴られたと感じた瞬間、話し合いの土台そのものが崩れてしまったのです。
社長は後になって、「あの一言は、彼の三十年を全否定したのと同じだった」と振り返っています。
言葉ではなく、思いに応える
大切なのは、この言葉に言葉で反論することではありません。「今までのやり方でやってきた」という言葉の裏にある、その人の誇りと不安に、丁寧に応えることです。反論ではなく、理解を示すことが最初の一歩になります。焦って結論を急がず、まずはじっくりと耳を傾ける姿勢が求められます。
「これまでのやり方があったからこそ、今の会社がある」と、まず認める。その上で、「その土台をこれからも活かしていくために、一緒にやり方を整えていきたい」と伝える。
この順番を守るだけで、同じ提案でも受け止められ方は大きく変わります。特別な話術は必要なく、順番を守るだけで十分なのです。
次章からは、いよいよ「社員の可能性を2倍にするAI協働」という考え方そのものに踏み込んでいきます。これまで積み上げてきた土台の上で、具体的にどう進めていくのかをお伝えしていきます。
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