「一気に変えれば、一気に良くなるはずだ」
事業承継直後の社長ほど、こう考えがちです。周囲からの視線や期待を感じるほど、この焦りは強まっていきます。しかし、実際には望んでいたのとは正反対の結果を招くことがあります。
今回は、一度に多くを変えようとして、社内の求心力そのものを失ってしまった、ある会社の実例をお伝えします。
焦りが生んだ「全部同時」の改革
この会社の二代目社長は、就任してわずか半年で、複数の改革を同時に打ち出しました。周囲からの期待に応えたいという思いが、その背中を強く押していました。就任直後の高揚感も、この決断に少なからず影響していたようです。
在庫管理システムの刷新、勤怠管理のデジタル化、営業日報のアプリ化。どれも会社にとって必要な取り組みでしたが、問題はこれらをほぼ同時期に始めてしまったことです。
社長自身は「早く結果を出したい」という強い思いから、この進め方を選びました。しかし、現場から見れば、次から次へと新しいことを覚えさせられる、負担の大きい日々が続くことになったのです。社長の熱意と、現場が実際に受け止められる速度との間には、大きな隔たりがありました。
現場で実際に起きていたこと
複数の改革が同時進行する中で、現場には次のような混乱が生まれていました。互いに関連のない変化が重なったことで、社員はどれか一つに集中することさえできませんでした。
- どの新しいツールを、いつ、どの場面で使えばいいのか分からなくなる
- 覚えることが多すぎて、結局どれも中途半端なまま使われなくなる
- 「また新しいことが始まった」という疲労感が、社内全体に広がる
- 質問したくても、誰に何を聞けばいいのか分からなくなる
- 一つのミスが、どの改革のせいなのか切り分けられなくなる
ベテラン社員の中には、「もう何が正解なのか分からない」と、業務そのものへの意欲を失ってしまう人も出てきました。真面目に取り組もうとしていた社員ほど、この混乱の影響を強く受けていたのです。要領よく手を抜くことができない社員ほど、真正面から負荷を受け止めてしまいます。
求心力を失った、決定的な瞬間
決定的だったのは、あるベテラン社員が「社長についていけない」と、退職を申し出た出来事でした。他の社員の前でその報告を受けた瞬間、社長は言葉を失ったといいます。
その社員は、会社にとって重要な取引先を長年担当してきた人物でした。その取引先の売上を事実上一人で支えてきたとも言える存在でした。退職の理由を尋ねると、「変化についていけないのではなく、次から次へと変わるやり方に、心がついていかなかった」という言葉が返ってきたといいます。
この出来事をきっかけに、社長はようやく自分の進め方の誤りに気づきました。
「良かれと思ってやったことが、一番大事な信頼を失う結果になった」と、当時を振り返っています。良い意図があっても、進め方を誤れば結果はまったく違うものになる、その痛みを伴う学びだったといいます。以来、社長はどんな取り組みも、必ず一つずつ順番に進めるようになりました。
一つに絞ることの、本当の意味
この事例が教えてくれるのは、複数の改革を同時に進めることの危険性です。一つ一つの小さなテーマから着実に進めていくことが、非常に重要と言えます。
社員一人ひとりが「今、何に集中すればいいのか」を明確に理解できるからです。その積み重ねが、変化を定着させる土台になるのです。
次の記事では、この「今のやり方で何十年もやってきた」という現場の言葉の裏に、どんな本当の不安が隠れているのか、さらに深く見ていきます。この言葉は、単なる抵抗ではなく、大切なメッセージでもあります。
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