「うちはまだFAXと電話が中心だけど、別に困っていない」
そう感じている社長は少なくありません。実際、日々の業務は問題なく回っているように見えるかもしれません。取引先からのクレームも特になく、平穏に日々が過ぎているように感じられます。
しかし、この「困っていない」という感覚こそが、実は大きな見落としを生んでいます。
FAXと電話は「退職リスク」と直結している
FAXと電話でのやり取りには、ある共通した特徴があります。それは、対応した本人の頭の中にしか、やり取りの詳細が残らないということです。急な値引き交渉や、口頭だけで済ませた納期の調整なども同様です。
メールやシステムであれば履歴が自動的に残りますが、電話でのやり取りは記憶頼み、FAXは紙一枚が届くだけで、その前後の文脈は担当者の記憶に依存します。つまり、FAXと電話を中心とした業務体制は、そのまま「担当者が辞めたら情報が消える」体制でもあるのです。この事実に、多くの経営者は改めて言われるまで気づいていません。
属人化した業務、つまり特定の社員一人しか対応できない業務が積み重なっているリスクは、実はこのFAXと電話という連絡手段そのものに、深く根ざしています。仕組みの土台そのものが、記録を残さない構造になっているのです。
多くの経営者にとって、これは見過ごされがちな盲点です。
「今のところ問題ない」に潜む落とし穴
多くの社長がこの問題を先送りにする理由は、はっきりしています。日々の業務に追われる中で、優先順位が下がってしまうのも無理はありません。
- 今の担当者が辞めるとは、想定していない
- FAXと電話は、取引先も慣れ親しんだやり方で、変更を提案しにくい
- デジタル化には手間とコストがかかりそうで、腰が重い
- 特に問題が起きていないのに、変える理由が見つからない
- 誰に相談すればいいのか、そもそも分からない
しかし、これらの理由はすべて「今」を基準にした判断です。三年後、五年後も同じ担当者が同じように働き続けている保証は、どこにもありません。
特に、事業承継直後の今こそ、こうした前提を見直す好機だといえます。担当者の年齢や体力を考えれば、なおさら先送りできない話です。今のうちに手を打っておけば、将来慌てて対応に追われることもなくなります。
退職が業績に直結した、ある会社の実例
ある卸売会社では、電話とFAXでの受発注を長年一人のベテラン社員が担っていました。その社員が定年退職を迎えた際、後任への引き継ぎがわずか一週間しかできませんでした。長年の勤続への感謝と、後任育成の準備不足が重なり、十分な期間を確保できなかったのです。周囲は「まさかこんなに困るとは」と、口を揃えて振り返っています。
結果として、取引先ごとの細かい発注ルールや、電話口での独自の言い回しが引き継がれず、発注ミスが頻発しました。取引先からは「対応が変わって不便になった」という声が寄せられ、一部は他社への切り替えを検討し始めたといいます。信頼を取り戻すまでには、想像以上の時間と労力がかかりました。
FAXと電話そのものが悪いわけではありません。長年、多くの取引先との信頼関係を築いてきたのも、こうした地道なやり取りの積み重ねです。
問題は、そこでやり取りされている情報が、記録として残らないことにあります。この一点さえ改善できれば、FAXと電話を使い続けながらでも、リスクを大きく減らすことができます。手段そのものを否定する必要はどこにもありません。
次の記事では、この状況の中でトップダウンの号令をかけた社長が、なぜ失敗してしまうのか、より具体的に見ていきます。良かれと思った一斉導入が、なぜ現場の反発を招くのか、その構造をじっくりと掘り下げていきます。
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